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更新日:2017年02月13日 作成者:ウェブ担当 閲覧数:8,185

箱根火山の異方性構造に関する研究

研究の背景

箱根火山の地震活動は通常はそれほど活発ではありませんが、2001年や2015年のように時折大規模な群発地震活動が発生します。このような活動の際には、傾斜計やGPSのデータにも変化がみられ、それらのデータの解析から地下に熱水やガスが入り込んでくるクラックが存在することが知られています(例えば、代田他、2009)。また、地震活動を詳細に調べると、震源が薄い板状に分布しており、既存の亀裂群を利用して発生している可能性があります。(Yukutake et al、2010)。このようなことから地下の亀裂群の特性を知ることは、地震や火山活動を理解するうえで、非常に重要であると考えられます。本研究では、S波のスプリッティングという現象を観測・解析することで得られた、地下の亀裂群の分布について報告します。

S波のスプリッティング(S wave splitting)とは、S波が異方性媒質(亀裂群を含む地盤)を伝播する際に、互いに直交する振動方向をもつ異なった速度のS波に分離する現象です。その原因としては、媒質を構成する鉱物の物性や地中の微小なクラック(プレート運動などによって生じる)などが考えられています。異方性媒質の特性は、速いS波の振動方向(LSPD: Leading Shear-wave Polarization Direction)と分離したS波の到着時間差(Dt)の観測から推定されます。地中に存在する微小なクラックによってスプリッティングが起こると仮定すると、クラックの面に直交する方向に振動する遅いS波と、平行に振動する速いS波の二つに分離します。異方性強度が強いほど(~密度が高いほど)、Dtが大きくなります。つまり、LSPDとDtを観測できれば、地中のクラックの走向(並ぶ方向)と、その密度などが推定できます。

データと解析手法

本研究では、1995年1月~2007年12月に箱根カルデラ内で発生したM0以上の地震を対象としています。ただし、観測点への入射角が40°以下(なるべく垂直に近い)ものだけを選んでいます。ノイズの影響を考慮して、ボアホール観測点であるKOM(駒ヶ岳)、KZR(湖尻)、KZY(小塚山)のデータのみ使用しました。解析に当たり、これらの観測点で観測された速度波形の水平2成分に2-8Hzのバンドパスフィルターをかけ、波形の相関を取って速いS波の到来方向(LSPD)と二つのS波の時間差(Dt)を推定しました。採用基準は、相関係数が0.85以上で、推定されたLSPDの95%信頼区間が±10°以内、Dtの95%信頼区間が±0.03秒(最短波長のおよそ1/4)以内(ただし、この信頼区間でDtの符号が変わる場合は除く)としました。
解析対象期間の震源分布と、2001年の活動の際に推定された開口クラックの位置 図2  解析対象期間の震源分布と、2001年の活動の際に推定された開口クラックの位置(代田他、2009による)。

結果と考察

まず、それぞれの観測点でのスプリッティングパラメータを推定しました。図3に結果を示します。駒ヶ岳観測点では、LSPDは119±21°、Dtは55±37ミリ秒でした。湖尻観測点ではそれぞれ、127±21°、57±28ミリ秒、小塚山観測点では141±19°、45±26ミリ秒という値が得られました。各観測点のLSPDは、微小地震の配列や群発地震時の傾斜変動から推定された開口クラックの走向などに近い値となっています。また、顕著な時間変化は認められませんでした。

次に、各観測点直下の異方性強度の深さ依存性を調べました。S波スプリッティング解析で得られた異方性強度れを地震の深さごとにプロットしたのが、図4の○です。図4(a)および(b)は、小塚山観測点の結果で、図4(b)は、ある特定の領域(水色で示す)を通ってくる波線でのみ推定した異方性強度の深さ分布です。(a)は(b)以外の領域を通ってきた地震波を使った結果です。いずれの図も移動平均を点線で示しています。小塚山観測点から見て、南西の方向にあたる水色の領域を通ってくる地震波は、それ以外の場所を通る場合に比較して時間差が小さいことから、この領域では他に比べて異方性強度が低くなっていることがわかりました。図4(c)および(d)は、それぞれ駒ヶ岳と湖尻観測点での結果です。
3観測点の結果を比較すると、小塚山と湖尻では、地表付近に層状の異方性媒質が存在するのに対し、駒ヶ岳では、異方性強度が徐々に小さくなるような分布をしていることがわかります。小塚山観測点では、水色で示した領域以外では、地表付近で7%程度の異方性があり、異方性媒質の厚さは3km程度であることがわかりました。一方、水色の領域では、地表付近で5%程度の異方性があり、異方性媒質の厚さは2km程度であることがわかります。湖尻観測点直下では、地表付近で5.5%程度の異方性強度があり、異方性媒質の厚さは2.5km程度です。駒ヶ岳観測点では、地表付近で6%程度の異方性があり、深さ3km付近でも2~2.5%程度の異方性があります。
野島断層や跡津川断層などの断層破砕帯近傍では、異方性強度が2.8~4.5%程度であるとの推定結果があります(例えば、Mizuno et al, 2001; 2005)。本研究で報告した異方性強度はこれらより明らかに大きな異方性が観測点直下に存在することを示しています。これは、熱水やガスなどが移動できるチャンネルが地下に存在することを強く示唆するものです。
各観測点のLSPDおよびDt。 図3  各観測点のLSPDおよびDt。
各観測点で推定した異方性強度の深さ分布。 図4  各観測点で推定した異方性強度の深さ分布。○は観測値。赤線は観測値に合わせた理論値。青線は、赤線から求めた各深さにおける異方性強度。

参考文献

  • 代田寧・棚田俊收・丹保俊哉・伊東 博・原田昌武・萬年一剛(2009)2001年箱根群発地震活動に伴った傾斜変動と圧力源の時間変化、火山、54、223-234。
  • Mizuno, T., K. Yomogida, H. Ito, and Y. Kuwahara (2001), Spatial distribution of shear wave anisotropy in the crust of the southern Hyogo region by borehole observations, Geophys. J. Int., 147, 528.542.
  • Mizuno, T., H. Ito, Y. Kuwahara, K. Imanishi, and T. Takeda (2005), Spatial variation of shear-wave splitting across an active fault and its implication for stress accumulation mechanism of inland earthquakes: The Atotsugawa fault case, Geophys. Res. Lett., 32, L20305, doi:10.1029/2005GL023875.
  • Yukutake, Y., T. Tanada, R. Honda, M. Harada, H. Ito, and A. Yoshida (2010), Fine fault structures in the geothermal region of Hakone volcano,revealed by well-resolved earthquake hypocenters and focal mechanisms, Tectonophysics, 489, 104.118.

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