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更新日:2017年02月07日 作成者:ウェブ担当 閲覧数:553

1960年代の強羅温泉での昇温現象についての研究

このトピックスは、当所の板寺一洋主任研究員らが行った研究のうち、学術雑誌「温泉科学」第62巻(第4号)(294~305ページ, 2013年)に掲載されたものを紹介したものです。

紹介文献:
1960 年代に箱根強羅の温泉で観測された異常昇温現象、板寺一洋・菊川城司・吉田明夫、温泉科学第62巻第4 号(2013),294-305 .

研究成果

(a)異常昇温前の期間、(b)異常昇温を含む期間、異常昇温後の期間のそれぞれにおける源泉の温度変化
図1
(a)異常昇温前の期間、(b)異常昇温を含む期間、異常昇温後の期間のそれぞれにおける源泉の温度変化。東側の蛇骨川沿いの源泉では、異常昇温前から温度が上昇しており、異常昇温後も温度上昇が続いていた。
1967年5月23日、箱根強羅地域にある温泉(源泉)の温度が急激に上昇する“事件”(以下、1967年昇温イベント)が起こりました。源泉所有者から連絡を受けた温泉地学研究所と小田原保健所が実施した現地調査によれば、温度上昇が生じたのは強羅や小涌谷地域の高温で塩化物イオン濃度の高い源泉に限られており、温度上昇の幅は大きなところで10℃以上に及びました。当時、1967 年昇温イベントの1年前、3年後、5年後の様子を比べたところ、温度上昇の範囲が、時間の経過とともに共に東へ拡大しているように見えたことから、地下深部のマグマから供給された熱水が、箱根の中央火口丘の地下を西から東へ向かう地下水(温泉)の流れとともに流下しており、昇温した源泉の分布はその流路を表すものと解釈されました。こうした解釈は、箱根温泉の生成にマグマ由来の熱水が関与しているというアイデアを盛り込んだ箱根温泉の成因モデル(大木・平野モデル;Oki and Hirano,1970)の主要な根拠の一つとされました。

一方、町田ら(2007)は、1960~2000年の期間に得られたデータを精査した結果、1967年昇温イベントの初期に、400mほど離れた2地点で同日に昇温が観測されており、そのほかの温泉でもすべて同年に昇温が生じていることを示したうえで、高温高塩化物泉の分布する範囲は地下水流動の方向とは関係がなく、深部からの熱やNaCl成分の供給源が分布する区域を表しているのではないかと推定しています。 本研究では、1967年昇温イベントの実態を明らかにすることは、火山性熱水を含む箱根の温泉の湧出機構を考察する上で重要であると考え、改めて1960年代から1970年代にかけての温泉温度の時間変化について詳細な検討を行いました。その結果、①大木・平野モデルにおいて熱水の供給源とされている早雲山側よりも、むしろ強羅地域の東側、蛇骨川沿いの源泉で温泉温度の上昇が顕著であること、②1967年の昇温イベント以前から温度上昇していた源泉があり、1970年代半ばまで続いていたこと、さらに、③温度上昇が最も顕著だったのは、菊川ほか(2011)で新たに区分されたタイプ2の温泉であったことが明らかになりました。
1967 年昇温イベント前後の温泉温度の変化と菊川ほか(2011)による温泉分類。
図2
1967年昇温イベント前後の温泉温度の変化と菊川ほか(2011)による温泉分類。温度上昇は、蛇骨川沿いのタイプ2の温泉で顕著であった。
このタイプ2の温泉について板寺ほか(2011)は、強羅地域の東側(蛇骨川上流域)にゆう出するタイプ1の温泉(もっとも火山性熱水の影響を受けている)と浅層地下水との混合によって生成していると推定しています。本研究の結果は、火山性熱水が中央火口丘の早雲山に近いところで上昇し、地下水の流れとともに東に流下しているとするOki and Hirano(1970)の解釈とは異なり、町田ら(2007)が推定した通り、高温の塩化物泉の分布する帯状の範囲のあちこちで上昇していることを示唆していると考えられます。

参考文献

  • 板寺一洋 菊川城司 吉田明夫、温泉科学第60巻第4号(2011),459-480頁
  • 菊川城司 板寺一洋 吉田明夫、温泉科学第60巻第4号(2011),445-458頁
  • Oki, Y. and Hirano, T., Geothemics Sp. Issue 2,(1970)1157-1166.

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