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II-3-(1)箱根温泉

 箱根温泉は、箱根町内に湧出する温泉の総称であり、地理的には神奈川県の西端に位置する箱根火山カルデラの内側に湧出する温泉です。箱根温泉の熱や溶存成分は、箱根火山の熱水活動によって、また、箱根温泉の水は、箱根火山に降る雨や雪が地下に潜ることによってもたらされています。箱根温泉は、まさに箱根火山のめぐみによって生まれたものといえます。

 2016年3月末現在、箱根温泉の源泉は345ヶ所、湧出量は約19500L/minで、源泉数、湧出量ともに県全体の温泉のうち60%近くを占めています。 箱根温泉は神奈川県でもっとも大きな温泉地であるとともに、全国的に見ても国内有数の温泉地です。2011年の環境省の統計によれば、箱根温泉の源泉総数と総湧出量は共に全国第7位、高温の源泉数(42℃以上)は全国第5位など、源泉の数、湧出量ともに全国で上位に位置づけられています。年間の宿泊者数は約430万人で全国第1位、宿泊施設数、定員数も全国第1位となっています。

箱根温泉の歴史

初代歌川広重の作品「箱根七湯方角略図」(神奈川県立歴史博物館資料より)。

図1
初代歌川広重の作品「箱根七湯方角略図」(神奈川県立歴史博物館資料より)。

七湯の枝折に書かれた各温泉の感覚と効能。

表1
七湯の枝折に書かれた各温泉の感覚と効能。

箱根二十湯と各温泉場の源泉数。源泉数は小田原保健福祉事務所による2012年3月末のデータ。

図2
箱根二十湯と各温泉場の源泉数。源泉数は小田原保健福祉事務所による2012年3月末のデータ。

 箱根温泉の歴史は古く、738年に湯本温泉が発見されたのが始まりといわれています。この源泉は現在でも湧出しており、箱根湯本の旅館で利用されています。江戸時代には、湯本、塔之沢、宮ノ下、堂ヶ島、底倉、木賀、芦之湯の七ヶ所の温泉場を合わせて箱根七湯(はこねななゆ)と呼び、広く人々に知られ温泉場がにぎわっていました。1811年には「七湯の枝折」が書かれました。これは、現在の温泉旅行ガイド書のようなもので、温泉地ごとにその特徴や効能が書かれ、当時から七湯それぞれの個性が認識されていたことがわかります(表1)。江戸時代、箱根温泉の旅や湯治場が盛んになった背景には、当時の浮世絵画家である鳥居清長、歌川広重などによって描かれた浮世絵の力が大きくかかわっています(図1)。

 明治以降、交通網の整備による温泉宿の増加、施設の大型化などとともに、掘削技術の進歩、揚湯方法の進歩もあり、源泉数は激増しました。源泉数の増加は、箱根温泉のさらなる発展を担う一方で、温泉の枯渇化という問題を引き起こしました。危機的な枯渇化の進行は、県の定めた温泉保護対策要綱により緩やかになりつつありますが、今後も温泉を保護しながら、将来を見据えて利用していくことが重要です。
現在では、先述したように箱根温泉の源泉数は350ヶ所近くになり、温泉場も20カ所となって「箱根二十湯」と呼ばれるようになっています(図2)。

箱根温泉の泉質

 箱根温泉は、温泉場や源泉数が多いだけでなく、温泉自体の温度や泉質も非常にバラエティに富んでいます。これは、箱根火山の形成史が単純ではなく、温泉湧出地の地質が複雑であること、それ故、湧出機構も複雑であるためと考えられます。

 現在用いられている泉質の分類法(主要な陽イオンと陰イオンの組み合わせや特殊成分による命名法)に則れば、箱根温泉では現在までに48種類の泉質が確認されています。
箱根温泉で最も多い泉質は単純温泉(アルカリ性単純温泉を含む)で全体の約半数を占め、次いでナトリウム-塩化物泉(Na-Cl泉)が全体の約四分の一を占めます(図3)。  泉質の分布については、箱根全体で均一ではなく、地域によって分布に特徴があります。例えば、Na-Cl泉は、湯本温泉の須雲川沿いと強羅潜在カルデラ内に集中して分布しています。また、硫黄を療養泉の基準値以上含有する源泉は、中央火口丘とその周辺のみに分布します。このような泉質分布の偏りは、これまでの研究で、温泉の生成機構と密接に関連していると考えられています。

箱根温泉の泉質別占有率。2006年から2008年に採水、分析した257源泉の泉質から作成。

図3
箱根温泉の泉質別占有率。2006年から2008年に採水、分析した257源泉の泉質から作成。

温泉と地質の関係

 温泉の湧出機構は、湧出する場所の地形や地質、地下構造などによって決まります。したがって、温泉の成因や流動などの研究には湧出地やその周辺の地質学的知見が不可欠です。
 湧出地の地質や温泉の成因からみると、箱根温泉は、箱根火山の基盤岩から湧出する温泉と、箱根火山地下のマグマに由来する温泉とに二分できます。
 湯本や塔之沢、大平台の温泉は、全て早川凝灰角礫岩などの基盤岩中から湧出する温泉です。この基盤岩は、箱根火山ができる前からあった古い地層です。堂ヶ島では、掘削された源泉は基盤岩の温泉ですが、自然湧泉は箱根火山の溶岩から湧出しています。湯本、塔之沢、大平台、堂ヶ島以外の温泉場では、ほぼ全ての源泉が箱根火山の溶岩から湧出しています。

 箱根火山の成り立ちについては、これまで、一つの大きな成層火山の2度に渡る噴火によってカルデラ構造が形成されたと考えられてきました。そして、箱根温泉の成因などに関する研究もこのモデルに即した形で研究が行われてきました。 しかし、近年、箱根火山の形成史が見直され、箱根火山は小さな火山の集合体であり、潜在的なカルデラ構造が複数存在するなど、従来考えられていたよりさらに複雑な地下構造をしていることがわかりました。そして、箱根温泉の湧出機構に関する研究も、この新しい形成史に基づいて行われるようになりました。

従来の箱根温泉成因モデル

 1970年代はじめに、それまでの箱根火山の地質、形成史に基づく温泉研究を総括した箱根温泉の成因モデル(いわゆる大木・平野モデル)が完成しました。この成因モデルは、1967年に強羅で観測された温泉温度の昇温現象の調査研究が大きなヒントとなりました。 このモデルでは、海抜0mの等温線図が同心円状でなく、カルデラの西側で狭く東側で広がっていることに着目して、西から東への地下水流動があるためと考え、有機物起源の炭酸に富む地下水が、芦ノ湖の方から東の早川渓谷まで標高差により流れているとしていました。そして、中央火口丘の深部から上昇する塩化ナトリウムなどを含有した高温高圧の火山性水蒸気と、この中央火口丘を西から東に流れる地下水とが混合して温泉が形成されているとしました。こうして、箱根温泉を熱水の分化をもとに4つのグループに分類した成因モデルが作成されました。

大木・平野モデルは、火山活動の活発化とナトリウム塩化物泉の昇温現象を結びつけるとともに、箱根温泉の多様な泉質を成因と関連づけて統一的にシンプルに分類したものでした。このモデルは、火山性温泉の典型的な成因モデルとして広く世界に知られることとなり、その後の温泉研究に大きな影響を与えました。

新しい形成史に基づいた湧出機構

 箱根火山の形成史見直しを受けて、箱根温泉の生成機構に関する研究も大木・平野モデルの見直しなどを含め新たなステージに入りました。
中央火口丘周辺温泉の分布は、潜在カルデラ構造と密接な関係があります(図4)。掘削時に得られた地質試料の分析により、強羅潜在カルデラと湖尻潜在カルデラの内側に、それぞれ湖成層が見つかりました。この湖成層は透水性が低く、深部の熱水に雨水が過剰に混合することを妨げているため、潜在カルデラの周辺では高温の温泉が湧出するものと考えられます。潜在カルデラ構造が確認されていない地域でも温泉の開発は行われていますが、強羅潜在カルデラのように湖成層がないため、湯本などの基盤岩中から湧出する温泉を除けば、比較的泉温の低い温泉が多く見受けられます。

温泉の分布と潜在カルデラ構造。●は源泉を表す。潜在カルデラ構造は4つあると考えられており、基盤岩から湧出する温泉以外は、主に潜在カルデラ構造内に分布する。

図4
温泉の分布と潜在カルデラ構造。●は源泉を表す。潜在カルデラ構造は4つあると考えられており、基盤岩から湧出する温泉以外は、主に潜在カルデラ構造内に分布する。

強羅潜在カルデラに湧出する温泉のタイプとその分布。タイプは泉温と陰イオンの比率から分類され、タイプ間の相違は成因の違いを反映している。

図5
強羅潜在カルデラに湧出する温泉のタイプとその分布。タイプは泉温と陰イオンの比率から分類され、タイプ間の相違は成因の違いを反映している。

 潜在カルデラ構造と温泉の成因との関係については現在も研究が進行中ですが、強羅潜在カルデラ構造内に湧出する温泉について、既にいくつか新しい事が解ってきています。強羅潜在カルデラ内に分布する温泉の水理水頭分布について解析した結果からは、神山が分水界となっており、中央火口丘西側の地下水が強羅温泉など東側に湧出する温泉水の供給源とはならないこともわかりました。現在では、潜在カルデラ構造の温泉の涵養源のほとんどは、同地域内の降水であり、温泉の温度や成分は強羅の地下でもたらされたものであることがわかっています。さらに、同地域内の代表的な温泉である高温のナトリウム-塩化物泉の帯状分布そのものが、温泉の熱、成分の供給源地を示していることも推察されました。この帯状の温泉供給源は、広域テクトニクスによって形成された開口割れ目系によるものである可能性も考えられます。また、強羅潜在カルデラ内の温泉成分や酸素、炭素などの安定同位体比の解析からは、この地域の温泉が成因の異なる6つのタイプに分類できることや(図5)、温泉に含まれる炭酸の起源として有機物よりも火山ガスの寄与が大きいことも明らかにされています。

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