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更新日:2010年11月29日 作成者:ウェブ担当 閲覧数:43,856

富士山及び箱根火山の膨張歪と低周波地震活動に関する研究

このトピックスは、原田技師が当所で行った研究成果のうち、学術雑誌「火山」第55巻(第4号)(193〜199ページ、2010年)に掲載されたものを紹介したものです.

引用文献:
原田昌武・細野耕司・小林昭夫・行竹洋平・吉田明夫, 火山 第55巻第4号(2010), 193-199頁.

1.はじめに

富士山周辺では、 2008年8月頃からGPSによって伸びが観測されていると報告されています。一方、箱根火山周辺では2001年、2006年、2008-2009年に、カルデラ内に圧力源を持つ膨張性の面積歪(以下、膨張歪と呼ぶ)が観測されました。富士山直下及び箱根カルデラの北北西側外輪山の下では流体の存在を示唆する低周波地震が発生しており、特に富士山直下では2000年秋に低周波地震活動が顕著に活発化し、同時期に富士山周辺を含む伊豆半島北部境界域で膨張歪が観測されたという報告があります。
そこで、2001年以降の富士山周辺と箱根火山周辺の膨張歪の経年変化を調べ、それとそれぞれの火山体近傍で発生している低周波地震活動の経年変化を比較して、膨張歪と低周波地震活動との関連性を検討しました。

2.富士山と箱根火山地域における膨張歪

 富士山山頂からやや南東部を中心とする半径20km以内のGPS観測点の変位から求めた、その領域の平均的な面積歪の経年変化を図1に示します。富士山周辺では、2006年末くらいから膨張歪変化が生じており、それは2009年10月現在も終息せず、むしろ加速するようにも見えます。

図2は箱根火山を中心としてそこから半径20km以内にあるGPS観測点の変位から求めた平均的な面積歪の経年変化です。用いたGPSデータおよび面積歪の計算手法は前述の富士山周辺の面積歪を求めたものと同じです。面積歪の経年変化から明らかなように、箱根カルデラ内とその近辺では、2001年6月から10月にかけて、2006年7月から11月にかけて、そして、2008年6月頃から翌2009年の3月にかけてと、計3回膨張歪が生じています。

この膨張変化を引き起こした力源に関しては、球状圧力源モデルや開口割れ目モデルに基づいた解析が、その都度なされていますが、原田・他、(2009)は中央火口丘直下に北北西―東南東走向の開口割れ目が生じたという考えで、上記3回の膨張歪の変化を統一的に説明できることを示しています。
富士山を中心とした半径20km以内の領域のGPS変位から求めた平均的な面積歪。

図1 富士山を中心とした半径20km以内の領域のGPS変位から求めた平均的な面積歪。

箱根火山を中心とした半径20km以内の領域のGPS変位から求めた平均的な面積歪。

図2箱根火山を中心とした半径20km以内の領域のGPS変位から求めた平均的な面積歪。

3.富士山及び箱根カルデラ下の低周波地震活動の特徴

 図3(a)は、2001年以降に気象庁によって検測された富士山及び箱根火山近傍の低周波地震の震央分布です。富士山の低周波地震の震央は山頂の北東から北の方に多く、箱根火山ではカルデラ北部(金時山)付近で低周波地震が発生していることが分かります。図3(b) には、それぞれの低周波地震活動について、マグニチュード (M) の下限を変えていったときの地震数の分布を示します。図3(c)、(d) は富士山と箱根火山におけるマグニチュードと時間の分布(M−T分布)、及び、地震発生数の積算、図3(e) 、(f)それぞれの震源の深さの時系列で、これらから、低周波地震活動の時間的な経過と発生層の深さの双方に関して、両火山域で明瞭な違いがあることが分かります。すなわち、富士山直下の低周波地震は2006年末以後、地震発生数が増加傾向(活発化していることを意味する)にあるのに対して、箱根カルデラ下の低周波地震は2006年末以降、むしろ発生数が減っています。また、富士山直下の低周波地震の深さは10-20kmであるのに対して、箱根カルデラ下の低周波地震の深さは20-25kmとそれよりもやや深くなっています。

富士山直下の低周波地震活動が2006年末以降変わったということを示唆するもう一つの事実があります。それは、2004-2006年10月の期間と2006年11月以降の期間に分けて、M0.5以上の地震を用いてb値を求めると、前の期間のb値は2.28、後の期間では1.39と大きく異なることです(図4(b))。b値の大きさは地震発生場の温度や応力を反映していることが知られており、b値が小さいことは応力が大きい、あるいは温度が低いことを表すと考えられています。今の場合、2006年末以後の期間の低周波地震活動のb値が小さいことは、地震数が増加したことと合わせて、低周波地震発生域の応力が増加したことを示していると推定されます。なお、地震発生場所に関していうと、2006年末以降、富士山頂直下で地震発生数がやや増えている様子が見えます(図4(a))。

箱根火山周辺では、2001年、2006年、それから2008-2009年に顕著な膨張歪が観測されましたが、それに伴って、箱根カルデラ下の低周波地震活動が活発化した様子が見えないのは何故か?これについては、まだよく分かっていません。ただ、富士山の場合は低周波地震の震源域と膨張歪の場所がおおよそ一致していますが、箱根火山の場合は、それらがやや違った場所で発生しています。つまり、箱根火山の場合に低周波地震活動と膨張歪の間に関連が見られないのは、震源域と膨張源の相対的な位置関係が影響しているのかもしれません。
富士山、及び、箱根火山の低周波地震活動の震央分布

図3 (a) 富士山、及び、箱根火山の低周波地震活動の震央分布。 (b) マグニチュード (M) の下限を変えていったときの地震数。青が富士山、赤が箱根火山の低周波地震活動を示す。(c) 富士山におけるマグニチュードと時間の分布(M−T分布)、及び、地震発生数の積算曲線。(d) 箱根火山におけるマグニチュードと時間の分布(M−T分布)、及び、地震発生数の積算曲線。(e) 富士山における震源の深さの時系列。(f) 箱根火山における震源の深さの時系列。

富士山周辺の低周波地震活動の震央分布。

図4 (a) 富士山周辺の低周波地震活動の震央分布。2004年1月から2006年10月 (○)、2006年11月から2009年12月 (●)を示す。灰色の△は富士山頂を表す。(b) マグニチュード (M) の下限を変えていったときの地震数。白丸、黒丸は(a)と同じ。

4.おわりに

 地殻変動から推定される歪の変化と、マグマや熱水、ガスなどの流体の変化に伴って発生すると考えられる低周波地震活動について、富士山と箱根火山を比較しながら、それらの特徴を解明しました。

富士山周辺では2006年末以降、膨張歪が継続的に観測されており、その傾向は2008年秋以降、顕著になっています。そして、その歪の増加傾向に合わせて、富士山直下の低周波地震活動も活発化していることが分かりました。我々は、膨張歪の経年変化と低周波地震の積算の両方が2006年末から増大傾向を示しているのは偶然ではなく、富士山直下のマグマ溜まりの圧力が高まって膨張歪を生じさせるとともに、低周波地震活動の活発化をもたらしたと考えています。

一方、箱根火山周辺では、2001年以後、顕著な膨張歪が3回観測されましたが、それに伴って、カルデラ北部の深部で発生する低周波地震活動が活発化した様子は見えていません。なお、2001年以後、カルデラ内の地震活動が以前よりも活発化している傾向が見られています。そして低周波地震活動よりもむしろ、2001年以降の3回の膨張歪と、このカルデラ内の浅い地震活動(6km以浅)との間に相関が見られることが最近の研究で分かってきています(原田・他、2010)。これらの研究を続けていくことで、箱根火山の活動予測に資する成果が期待されます。

謝辞

本研究では、国土地理院によるGPS観測データ(F3解)を使用しました。低周波地震の解析には防災科学技術研究所、北海道大学、弘前大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、高知大学、九州大学、鹿児島大学、産業技術総合研究所、国土地理院、青森県、東京都、静岡県、神奈川県温泉地学研究所、横浜市、海洋研究開発機構及び気象庁のデータを、気象庁・文部科学省が協力して処理した結果を使用しました。また、GPSデータの解析にはPAT-ME(中村、1999)を使用しました。ここに記して感謝の意を表します。

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