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更新日:2025年06月18日 作成者:ウェブ管理者 閲覧数:13

シンプルなシミュレーションによる箱根山の噴気地帯と温泉の成因に関する研究(松島・萬年、2025)

本トピックでは、Journal of Volcanology and Geothermal Research 誌に掲載された、箱根火山・大涌谷の噴気地帯と強羅の温泉の形成機構に関する研究論文をご紹介します。この研究は、産業技術総合研究所の松島喜雄主任研究員と、当所の萬年一剛研究課長の共同で行われました。
 
紹介論文:
Matsushima, N., Mannen, K., 2025. Numerical simulation of the hydrothermal system of Hakone volcano. Journal of Volcanology and Geothermal Research 466, 108383. https://doi.org/10.1016/j.jvolgeores.2025.108383

研究の背景

箱根火山には、大涌谷に代表される活発な噴気や、強羅や宮ノ下における高温の温泉が存在します。また、2015年には大涌谷で小規模な水蒸気噴火が発生しました。これらの現象は地下のマグマの熱が地表に定常的に輸送されることで継続していると考えられますが、そもそも、これらの場所に噴気や温泉がどうして存在するのか、そしてこれらの場所に向けて地下で熱がどのように輸送されるのかはよくわかっていませんでした。この研究では、地下の地質の不均質といった複雑な要素を考慮せず、実際の地形や降水量といった入手可能なデータと、熱源の場所や放熱量などごく限られた仮定を設けるだけで、箱根の噴気や温泉の分布がどの程度まで説明できるのか、シミュレーションによって確かめました。

解析の方法

本研究では、箱根火山の地下を浸透率(水などの流体の通りやすさを示す指標のこと)がことなる多孔質媒質(穴がたくさんあいていて水や蒸気、空気が移動できる岩石:極端に言うとスポンジに似たイメージだが水はずっと通りにくい)からなる層構造と仮定し、深部からの超臨界水の上昇を再現する三次元数値シミュレーションを行いました。計算では地下の水の移動とそれに伴う熱輸送、温度圧力に応じた相変化(液体の水から水蒸気、またはその逆の変化のこと)が計算されます。地下3 km付近に超臨界水(=高温の水;マグマに由来する水を想定)の供給源を仮定し、その位置や供給率を変化させて、強羅の温泉湧出および大涌谷・早雲山の噴気分布が再現できるか検討しました。また、得られた計算結果を実際に観測される温泉湧出量や地殻変動と照合することで、モデルの妥当性を検証しました。

結果と考察

シミュレーションでは、上昇した超臨界水が海水準付近で液相と蒸気相に分離することが分かりました。また、液相は地形の影響を受けて強羅地域に水平移動する一方、蒸気相は中央火口丘直下に蒸気卓越帯(蒸気が岩石の割れ目を連続して埋めている部分のこと)を形成し、大涌谷と早雲山に繋がっていることが分かりました。
 
強羅地域では箱根地域でもっとも高温で食塩に富む温泉が湧出しますが、こうした温泉はマグマだまりから上昇してきた熱水(地下にある高温の水のこと)に近いものと以前から考えられてきました(Oki and Hirano, 1970)。今回の研究結果はその考え方を裏付けるとともに、地形と熱水の供給位置が強羅温泉での高温の食塩に富む温泉湧出を決定していることを示しました。
 
今回のシミュレーションでは興味深いことに、大涌谷と早雲山それぞれの地下に別の熱水供給源がないと、両方の噴気地帯の存在が説明できないことが分かりました。また、シミュレーションでは熱水の供給率は85 kg/s、温度は約690°Cと推定されましたが、供給率または温度のどちらかを20〜30%ほど減じただけで噴気が再現できなくなることがわかりました。
 
2015年の噴火では大涌谷南東の地下(標高225m付近)が収縮していることが人工衛星による観測で明らかになっていましたが、これは噴火の際にこの付近の熱水が上昇したためと考えられていました(Doke et al., 2018)。一方、今回のシミュレーション結果では、ちょうどこの付近で、地下から上昇してきた超臨界水と地表から浸透してきた天水が混合しているという結果が得られました。このことから、著者らは、(1)噴火の前に深部熱水の供給が増加しておりこの付近の岩石の割れ目に熱水がたまることで膨張していたところ、(2)噴火に伴いたまっていた熱水が大涌谷方向に移動したため収縮に転じ、これが人工衛星で観測された、(3)大涌谷方向に移動したのは、やはり地形の影響により、膨脹源の地表が標高1150mにある一方、大涌谷は標高950mと低く、両者の静水圧の差を反映して流体が移動した、と考えました。
 
今回のシミュレーションは比較的単純なものですが、箱根火山の主要な噴気と温泉、そして2015年噴火の時に観測された地殻変動について極めて示唆に富む結果が得られました。今後はこのシミュレーション結果を参照しながら、箱根山の火山活動や温泉に関する研究が更に進展していくことが期待されます。

図 シミュレーション結果:早雲山から強羅を含む北東南西方向の断面(右側が北東)。赤い縦棒と横棒は2015年の噴火時に観測されたクラック。a) 流れの方向を示す流線図、b) 温度、c)液相の飽和度、d)トレーサー濃度。液相飽和度とは、岩石の空隙の中で液相の水が満たしている体積の割合を指す。トレーサー濃度とは、液相のなかに入れた仮想的な化学物質の量で、本研究では食塩を想定している。a)をみると、標高0m付近で上昇してきた流れが右上と右に分かれることが分かる。b)の温度は強羅付近も早雲山付近も大きな違いはない。c)の液相飽和度は早雲山の地下でオレンジ色を示すなど低く(0.2程度)、蒸気に富む部分が発達していることが分かる。d) では食塩は早雲山方向には行かず、強羅方面にもっぱら行くことが見える。

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