電磁探査によって明らかになった大涌谷の地下に広がる複雑な熱水システム
本トピックでは、Journal of Volcanology and Geothermal Research 誌に掲載された、箱根火山・大涌谷の噴気地帯に関する地下構造調査の研究論文をご紹介します。この研究は、当所の萬年一剛研究課長が筆頭著者を務め、道家涼介准教授(弘前大学大学院理工学研究科)、城森明・高橋哲矢(ネオサイエンス株式会社)、菊川城司主任研究員(当所)、南拓人助教(神戸大学)、宇津木充(京都大学阿蘇火山観測所)、藤本光一郎名誉教授(東京学芸大学)との共同で行われました。
紹介論文:
Kazutaka Mannen, Ryosuke Doke, Akira Johmori, George Kikugawa, Takuto Minami, Tetsuya Takahashi, Mitsuru Utsugi, Koichiro Fujimoto (2025) Anatomy of the fumarole field of Hakone Volcano, Japan: Interpretation of its resistivity structure and inferences for the steaming activity and recent hydrothermal eruption. Journal of Volcanology and Geothermal Research, 465, 2025, 108363, https://doi.org/10.1016/j.jvolgeores.2025.108363.
研究の背景
箱根火山には「大涌谷(おおわくだに)」と呼ばれる広大な噴気地帯があります。ここでは、蒸気があちこちから噴き出し、温泉も湧いており、多くの観光客を引きつけています。しかしこの地域は、地中で大きなエネルギーが動いている場所でもあります。2015年には、この大涌谷で水蒸気噴火の一種である「熱水噴火」が起きました。こうした噴火は、マグマが直接関係した噴火ではありませんが、人間活動と近い場所で突然発生する傾向があるため非常に危険です。
このような噴火を予測するには、地表からは見えない地下の構造を知ることが欠かせません。私たちは、大涌谷の地下に何があるのか、また、どのようにして温泉や噴気が生まれているのかを解明するために調査を行いました。
解析の方法
地下の様子を探るために、私たちはCSAMT法(※)という電磁探査手法を使いました。これは、地中に磁場を浸透させ、その結果、岩石に流れる電流を地上から測定することで、地下の構造や性質を把握する方法です。
この方法で得られる情報は、「比抵抗」と呼ばれる電気の流れにくさを示す数値として現れます。地下に水や粘土が多いと比抵抗は低く、空気や蒸気が多いと比抵抗は高くなるという特徴があります。これを手がかりに、私たちは大涌谷の地下にどんな層があるかを明らかにしました。
結果と考察
調査の結果、大涌谷の地下には「キャップロック」と呼ばれる、電気を通しやすい(=比抵抗が低い)層が広がっていることがわかりました。キャップロックは粘土に富むため、水を通しにくいと考えられています。この層は大涌谷付近を中心とする釣鐘のような形状をしていることが過去の研究でわかっていますが、今回の探査でその頂上部分の形が初めて詳しく分かりました。それによると、キャップロックの頂上部分は直径およそ500メートルの台地のような形をしており、大涌谷の西部(黒玉子茶屋の北付近)にあることが分かりました。また、キャップロックの頂上部分の地盤は2015年の噴火前には、わずかに沈降していたことが観測されています。これは、地下の圧力が抜けていたことを意味しているかもしれません。
キャップロックの頂上部分は、従来の研究では2015年噴火が発生した大涌谷の谷の中であると考えられてきました。
さらに注目すべきは、キャップロックの中やその下に、「蒸気卓越層(じょうきたくえつそう)」と呼ばれる、蒸気が多く存在する層があると考えられる点です。蒸気卓越層のうち、キャップロックの中にあるものを蒸気ポケット、キャップロックの下にあるものを蒸気溜まりと呼んでいます。今回の探査を行った範囲では特に南側には蒸気ポケットが数多く存在し、興味深いことに主な噴気や温泉は蒸気ポケットの上に存在していました。蒸気ポケットは、地表の噴気を作る蒸気の通り道と考えられます。
これまで、噴気地帯の温泉(=自然湧泉)は地下から上がってくる蒸気が雨水を加熱してできると考えられてきました。しかし、大涌谷の井戸から出てくる蒸気と雨水を混合したものは、大涌谷の自然湧泉の化学成分とは一致しませんでした。地下にある2つの蒸気卓越層が、地下の蒸気の化学組成を変化させているものと考えられます。

図:今回明らかになった比抵抗構造と、これまでの研究を基にした大涌谷地下のモデル図。主要な蒸気だまりの蒸気は塩化物イオン(Cl-)に富んでいるが、キャップロックの直下で凝結する水に吸収されて地下深くに戻っていく。一方、硫化水素や熱は、蒸気ポケットに供給されて、最終的に噴気や坊主地獄、温泉として地表に出て行く。地表に降り注ぐ降雨は酸素に富んでいて、地下からもたらされる硫化水素を酸化することで硫酸ができる(SO42-)。硫酸は岩石を溶かす(=溶脱)ため、溶脱帯ができるが、蒸気ポケットよりも深くでは酸素に乏しくなるので硫酸は生成されず溶脱もなくなる。2015年の噴火の原因となった熱水クラックは、蒸気ポケットのところで停まり、地表まで到達していない。蒸気ポケットが熱水クラックが地表まで伸びることを阻止したのかもしれない。