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更新日:2024年05月27日 作成者:ウェブ管理者 閲覧数:507

伊豆衝突帯周辺における地下構造とプレート収束過程

 本トピックでは、Journal of Geophysical Research: Solid Earth誌に掲載された、神奈川県とその周辺地域の地下構造に関する研究論文について紹介します。この研究は、安部祐希技師(現・主任研究員)が筆頭著者となり、本多亮主任研究員、石瀬素子講師(山形大学理学部)、酒井慎一教授(東京大学大学院情報学環・学際情報学府)、行竹洋平准教授(東京大学地震研究所)、道家涼介主任研究員(現・弘前大学理工学部准教授)と共同で進めたものです。
 
紹介論文:
Abe, Y., Honda, R., Ishise, M., Sakai, S., Yukutake, Y., & Doke, R. (2023) Relationship between crustal structure and plate convergence around the Izu collision zone in central Japan. Journal of Geophysical Research: Solid Earth, 128, e2022JB026314. https://doi.org/10.1029/2022JB026314

研究の背景

 神奈川県とその周辺地域は、フィリピン海プレートとオホーツクプレートが互いに近づきあうように移動しています(図1)。二つのプレートの境界の一部は、相模トラフと呼ばれる相模湾から千葉県南方沖へと続く溝状の海底地形(図1)に一致し、そこからフィリピン海プレートがオホーツクプレートの下に沈み込んでいます。一方、相模トラフの西端は小田原市付近にあり、それより西側の伊豆半島の付け根付近にはフィリピン海プレートの沈み込み口がなく、プレート同士が衝突しています。フィリピン海プレートが相模トラフから沈み込む領域(以降、沈み込み帯)では、沈み込むプレートと上盤側のプレートの境界面が滑ることでプレート同士の動きを解消していますが、プレート同士が衝突している場所(以降、衝突帯)では地下の岩盤がどのように移動しているのか詳しくわかっていません。そこで本研究では、その手掛かりを得るために地下構造解析を行いました。

解析

 神奈川県とその周辺地域に設置されている多数の地震計で観測した波形を解析することで、その地下の構造推定を試みました。本研究では、多数の遠地地震による地震波形にレシーバ関数解析という手法を適用しました。プレートは、浅い部分が地殻、深い部分がマントルと呼ばれる組成の異なる媒質(地震波が伝わる物質)で構成されており、この解析ではその境界面を検出しその形状を明らかにしました。この境界面は、その存在を初めて明らかにした地震学者の名前を取って、モホロビチッチ不連続面(以降、モホ面)と呼ばれています。
 

結果

 フィリピン海プレートのモホ面は、伊豆半島では30 km台後半、富士山より北で50 km台後半、三浦半島周辺では30 km未満の深さに存在することがわかりました(図1)。レシーバ関数解析だけではモホ面を検出できなかった領域については、石瀬素子氏らが地震波トモグラフィを用いて推定した構造 (Ishise et al., 2021, J. Geophys. Res.) をもとにモホ面形状を補完しました。伊豆半島の付け根付近から富士山の北側に向けてモホ面が傾斜しており、フィリピン海プレートのうち少なくとも地殻の深い部分とマントルは、衝突帯の下でも沈み込んでいるようです。
 さらに、先行研究によって推定されているフィリピン海プレートの上面の形状 (Hirose et al., 2008, J. Geophys. Res.; 弘瀬ほか, 2008, 地震; Nakajima et al., 2009, J. Geophys. Res.) を参照することで、フィリピン海プレートの地殻部分の厚さも明らかになりました(図2)。地殻は、伊豆半島から富士山にかけての地域で35 kmを超えるほど厚く、その部分から離れるにつれて薄くなり、神奈川県東部では20 kmに満たない部分もあります(図2)。基本的に地殻はマントルに比べて軽く、地殻部分の厚いプレートはそれが薄いプレートに比べて浮力が大きいため、沈み込むのが難しいと考えられていますが、それと整合的な結果が得られました。
 地図中の東側の領域では、沈み込むフィリピン海プレートとその上にあるオホーツクプレートとが大規模な断層破壊を引き起こすことで、プレートの収束運動が解消していると考えられています。この断層破壊は関東地震と名付けられており、数百年に一度の頻度で破壊が繰り返し首都圏に甚大な地震被害をもたらすと考えられています。一方、伊豆半島の15 – 20 kmの深さには伊豆デタッチメントと呼ばれる水平断層があり、それが安定的に滑ることにより伊豆半島および衝突帯の収束運動が解消しているという仮説があります(Seno, 2005, Earth Planets Space)。Seno (2005)は、この水平断層が伊豆デタッチメントの北端からさらに北向きに傾斜して続いていると予測しています。本研究で推定したモホ面の深さ分布は、伊豆デタッチメントおよびその北側の延長が地殻内に十分収まることを示しており、それが地殻内の弱面に対応すると考えることができます。
 

図1 モホ面の深さ。カラースケールでモホ面の深さを示す(四角形はレシーバ関数解析による推定、丸印はIshise et al. (2021, J. Geophys. Res.)に基づいた推定)。矢印と数値でフィリピン海プレートの移動方向と移動速度(Seno et al., 1993, J. Geophys. Res.)を示す。フィリピン海プレートの上面の深さ(Hirose et al., 2008, J. Geophys. Res.; 弘瀬ほか, 2008, 地震; Nakajima et al., 2009, J. Geophys. Res.)を等深度線で示す。

図2 地殻の厚さ。カラースケールで地殻の厚さを示す(四角形はレシーバ関数解析による推定、丸印はIshise et al. (2021, J. Geophys. Res.)に基づいた推定)。紫の枠で安定的に滑る水平断層(伊豆デタッチメント)が存在する領域(Seno, 2005, Earth Planets Space)を、水色で関東地震の震源断層面(Wald & Somerville, 1995, Bull. Seismol. Soc. America)の分布を示す。

今後

 この地域の構造解析における本研究の特徴は、媒質の境界を面的に捉えたことです。地下構造は現在までのプレート収束の結果を表しており、地震波トモグラフィによる解析で得られる3次元地震波速度分布や、人工地震探査で得られる詳細な構造断面に加え、媒質境界の3次元形状もその過程を考察する上での重要な手掛かりのひとつです。今後は、境界面の検出をさらに進め、伊豆衝突帯とその周辺地域におけるプレート収束過程の解明を目指します。
 

 

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