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更新日:2020年07月20日 作成者:ウェブ管理者 閲覧数:3,010

箱根深部低周波地震に関する研究

紹介文献:
Yukutake, Y., Abe, Y., & Doke, R. (2019). Deep low‐frequency earthquakes beneath the Hakone volcano, central Japan, and their relation to volcanic activity. Geophysical Research Letters, 46, 11035–11043.

 本トピックではアメリカ地球物理学連合学会誌(Geophysical Research Letters)に掲載された研究論文を紹介します。この研究は、温泉地学研究所の行竹洋平主任研究員が筆頭著者となり、同研究所の安部祐希研究員及び道家涼介研究員と共同で進めたものです。なお本研究についての日本語版の解説記事が、以下に示した「地震ジャーナル」(地震予知総合研究振興会発行)において出版されております。こちらは、どなたでもご覧いただけるオープンアクセス誌となっておりますので、あわせてご参照ください。

行竹洋平 (2020)、箱根火山の深部低周波地震、地震ジャーナル、69、31-41.

1.深部低周波地震とは

 日本列島では1年間に大小合わせて約13万個(回)の地震が起きています。その中で地殻とマントルの境界が存在する深さ付近に、深部低周波地震(以下、低周波地震)という特殊な地震が観測されています。低周波地震は、日本のほとんどの活火山の下に集中しており、その特徴は(1)岩石がゆっくりと変形する高温高圧な環境でおきる、(2)同じ規模の通常の地震よりゆっくりとした地震波(振動)を発生させる、ことが挙げられます(図1)。いま、低周波地震が研究者の注目を集めています。この現象が火山深部でのマグマの挙動を反映し、その活動がより浅部の火山活動に伝播する場合があるため、火山活動推移予測に貢献するポテンシャルを秘めていると考えられているからです。

図1
(a)深部低周波地震の分布(灰色丸)と活火山の位置。(b)深部低周波地震深さの頻度分布(西南日本のフィリピン海プレート境界の地震は除く)。

2.低周波地震の検出

 低周波地震の存在自体は古くから知られており、日本では1980年代にすでにその観測事例が報告されております。箱根山においても外輪山北側の金時山の下深さ25km付近を中心に低周波地震が観測されています。しかしながら、火山活動と時間的にどのように関連性があるのかについてはほとんど明らかにされていませんでした。私たちの理解を妨げてきた最大の要因は、地震データに含まれる雑音(ノイズ)にあります。低周波地震は地下深部で発生しそのほとんどは地震規模が小さく、かつゆっくりとした波形なので、ノイズに埋もれてしまい、従来の方法では多くの地震を検出できておりませんでした。そこで本研究では、低周波地震の中から信号対雑音比の高い波形を雛形にして、あらかじめ準備した雛形波形と特徴が類似する信号を、テンプレートマッチング技術を応用して検出しました。2000年以降箱根周辺で取得された17年間分の連続波形記録についてこの処理をし、これまで埋もれていたシグナルを見つけ出すことに成功し、気象庁が公開している地震数の35倍の低周波地震が検出されました。

3.低周波地震と火山活動との関係

 図2には2015年箱根山火山活動期間内において検出された低周波地震及び、火山浅部で発生する火山性構造性地震(群発地震という場合もあります)の積算数の時間変化及び箱根山周辺の地殻変動の時間変化を示します。このうち地殻変動(図2の緑色の線)は歪み変化という物理変化量で表しており、山体が膨張する地殻変動が観測される場合歪みの値は増加します。2015年火山活動では、3月の終わりごろから山体の膨張を示す明瞭な歪みの増加(火山性地殻変動)が観測され始め、また火山浅部での構造性地震の急増が4月末から観測され始めました。さらに、5月の上旬から大涌谷において温泉造成のための井戸から高圧の蒸気が噴出される暴噴という現象が発生し、6月末には大涌谷で小規模な水蒸気噴火が確認されました。一方、低周波地震は、これらの現象の開始に先立ち、3月上旬ごろより活発化し始めたことが分かりました。

図2
箱根山における2015年の低周波地震活動と浅部群発地震と地殻変動との関係。本研究で検出された低周波地震と火山浅部で起きる構造性地震(群発地震)の積算数の時間変化(赤線及び黒線)と箱根山周辺における歪みの時間変化(緑線)を示します。

 低周波地震は火山下深さ20km付近で発生し、より浅部深さ10km付近にはマグマ溜まりを示唆する地震波速度構造が存在し、さらにその上部深さ7km付近に火山性地殻変動の圧力源が存在することが、これまでの研究で明らかになっております。火山深部においてマグマの圧力上昇に伴い低周波地震が活発化し、その影響が浅部に伝搬し深さ10km付近のマグマ溜りが増圧することにより膨張性の地殻変動が生じ、その後より浅部に伝わり群発地震の活発化に至ったと考えると、現象の時間的変遷をうまく説明できます(解釈図を図3に示します)。またこうした時間変化は2015年火山活動だけではなく、箱根山で活発な地震活動が発生した2006年や2013年にも類似した活動変遷があったことが分かり、さらに過去17年間の深部低周波地震と浅部での群発地震との関係性を統計的に検証した結果、有意な時間的な相関性があることが分かりました。低周波地震の詳細な発生メカニズムは今後の検討課題ですが、それが火山活動と密接にリンクしていることが本研究で明らかになりました。こうした研究結果を踏まえて、温泉地学研究所では低周波地震をリアルタイムで検出するシステムを導入しました(詳細は、行竹(2017、温地研報告)に記載)。これまでの火山の浅い場所で起きる地震活動や地殻変動のデータだけではなく、火山深部での特殊な地震の動向にも注意を向けることができるようになり、今後火山活動監視の高度化に貢献すると思われます。

図3
2015年火山活動における深部低周波地震の活発化とその後の火山活動の時間変遷に対する解釈図。

謝辞

 本研究では、気象庁一元化震源カタログを使用させていただきました。また、気象庁、防災科学技術研究所の地震波形記録、および国土地理院のGNSS観測データを使用しました。

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