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更新日:2020年09月14日 作成者:ウェブ管理者 閲覧数:2,879

箱根火山大涌谷周辺の局所的な沈降現象とその考察

 本トピックではRemote Sensing誌に掲載された、干渉SAR時系列解析により検出された大涌谷周辺の局所的な沈降現象に関する研究論文について紹介します。この研究は道家涼介研究員が筆頭著者となり、菊川城司専門研究員、板寺一洋研究課長と共同で進めたものです。
 

紹介論文:
Doke, R., Kikugawa, G., & Itadera, K. (2020). Very Local Subsidence Near the Hot Spring Region in Hakone Volcano, Japan, Inferred from InSAR Time Series Analysis of ALOS/PALSAR Data. Remote Sensing, 12(17), 2842. doi:10.3390/rs12172842

 箱根火山で最大の噴気地帯である大涌谷は、多くの観光客が訪れる景勝地であり、また造成温泉の産地となっています。一方で、大涌谷は活発な噴気活動を続けており、2015年には水蒸気噴火を引き起こし新たな火口が形成されました。2015年の活動では、大涌谷で局所的な隆起が認められたり、地下のクラックの開口が認められたりするなど、地下の熱水系の活動を示唆する地表面の変位が、干渉SAR解析と呼ばれる手法により検出されました(道家ほか、2018)。
 干渉SAR解析とは、人工衛星に搭載された合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar)により取得されたデータを用いた解析手法で、2つの異なる時期の地表面の変位を面的に把握することができる手法です。また得られる地表面の変位は、衛星視線方向の変位(衛星に近づいたか、遠ざかったか)となります。加えて、近年、干渉SAR時系列解析と呼ばれる解析手法が、一般的となっています。この手法では、多数のデータを同時に処理し、地表面の変位とノイズ(大部分は大気中の水蒸気による)の両方を推定することにより、変位量や変位速度をより精度良く推定することが可能となります。
 本研究論文では、2006〜2011年の間に運用された陸域観測技術衛星『だいち(ALOS)』に搭載された合成開口レーダー『PALSAR』が取得したデータに対し、干渉SAR時系列解析を適用し、大涌谷周辺の地表面変位を推定しました。その結果、大涌谷の西側で局所的な沈降を抽出しました。

大涌谷周辺の沈降現象

 図1に、本研究による解析結果を示します。(a)は西側斜め上空から観測されたデータ、(b)は東側斜め上空から観測されたデータを解析したものです。図示している範囲の中央付近(大涌谷の西側)に着目すると、どちらの解析結果においても衛星から遠ざかる変位(青色)が見えることがわかります。西側上空から見ても、東側上空から見ても衛星から遠ざかるということは、この場所は沈降しているということを示しています。

図1 干渉SAR時系列解析の結果。

 さらに、2つの方向から取得されたデータを合成することで、東西方向に近い成分(準東西成分)と、上下方向に近い成分(準上下成分)に分解することができます。それを適用した結果が図2となります。(a)は準東西成分、(b)は準上下成分です。この結果、大涌谷の西側では、直径約500mの範囲が、2006〜2011年の間、ピーク位置で年間約25mmの速度で沈降しているという結果が得られました。また、簡易的なシミュレーションの結果、この沈降は、地表から深さ約300m(標高約700m)における体積の減少(収縮)により説明ができることもわかりました。

図2 解析結果を準東西成分、準上下成分に分解した結果。

沈降の原因に関する考察

 この沈降は地下のどの様な現象に起因しているのでしょうか。この地域の温泉井戸の構造を調べると、この沈降域に近い井戸では、標高600〜800m付近から温泉水や蒸気を採っていることがわかりました(図3)。簡易的なシミュレーションによると、沈降の原因となった体積の減少は、標高約700m付近でしたので、この付近には、温泉水や水蒸気の溜まり(リザーバー)があることが推測されました。
 沈降の原因の一つとして、一般的には温泉水の過剰な汲み上げが考えられますが、ここの場合は、それとは違う様に考えられます。沈降域に最も近い温泉井は、地下から自然に上がってくる蒸気を採って温泉としている蒸気井です。自然に上がってくる蒸気を利用しているため、例えば平野などにおいて地盤沈下の原因となる様なポンプによる過剰な地下水の汲み上げとは状況が異なります。
 それでは、他にどの様なことが原因として考えられるでしょうか。沈降域に最も近い蒸気井では、塩化物イオンを主成分とする温泉が出ており、このことから、沈降域の地下のリザーバーには、火山の地下から上がってきた火山性の流体が寄与していることが示唆されます。また、本研究で沈降が観測された大涌谷の西側のエリアは、2015年に噴火があった大涌谷の東側に比べると、それほど活発な噴気活動はありませんが、かつては沸点を超える温度の自然噴気(加熱蒸気)が観測された記録があります。以上のことから、沈降は、かつて存在した噴気活動が衰退している様子を見ており、その原因は、地下からの熱水や蒸気の供給量が減っているためではないかということを考えました。

図3 沈降域周辺の温泉井戸の構造(断面図)。灰色は水止めがされている区間、赤色の区間は裸孔部分(温泉水や蒸気を取っている部分)を示します。

今後の課題

 本研究論文では、大涌谷の西側で観測された沈降現象に対して、この地域の温泉のデータから、その原因に対して考察を行いました。しかしながら、その証拠は十分とは言えない状況ですので、今後はこの考え方を他のデータなどから検証する必要があると言えます。また、今回の解析は2006〜2011年が対象でしたが、この沈降現象が、現在も継続しているのか、それとも止まっているのかを明らかにするために、現在も運用されている人工衛星のデータを使って、同様の解析を行う必要があると考えています。

謝辞

ALOS/PALSARデータは、火山噴火予知連絡会衛星解析グループを通して、JAXAよりご提供頂きました。原初データの所有権はJAXAおよび経済産業省にあります。

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