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更新日:2018年06月01日 作成者:ウェブ管理者 閲覧数:5,604

箱根火山の2015年噴火の経緯―地質学的背景、火山活動活発化のメカニズムおよび防災対応

はじめに

本トピックではEPS箱根特集号に掲載された、箱根火山の2015年噴火の経緯をまとめた研究論文を紹介します。この研究は、萬年主任研究員が筆頭著者となり、温泉地学研究所職員と気象庁の竹中潤氏と共同で進めたものです。

論文の概要

 2015年の6月29日から7月1日にかけて発生した箱根火山の噴火は、総噴出量が数百立方メートル、噴石の飛散範囲も30 mと非常に小規模な噴火でしたが、前兆現象は少なくとも2か月前からありました。この論文では、こうした前兆現象、噴火の様子、噴火後の観測結果をまとめたほか、町や県が行った防災対応を記述しました。
 箱根火山の2015年の活動は4月初めごろに、地下10 km付近にあるマグマ溜まりへ、マグマが注入されることにより始まりました。このことは、マグマ溜まり付近の膨脹が、箱根火山をまたぐ距離の増加と、深部低周波地震と呼ばれる特殊な地震の発生により示唆されます。マグマの注入により、これより浅いところにある熱水系の圧力が増加し4月26日には群発地震が、5月3日には蒸気井の暴噴が始まりました。
 地震数は5月15日に最大を迎えた後、徐々に減少をしていました。このころから、蒸気井からの蒸気噴出は減少しはじめましたが、替わりに周辺からの噴気活動が活発になり、地表が噴気で隠されてよく見えないほどになりました。
 噴火は、降灰が6月29日12時45分頃始まりましたが、霧と猛烈な噴気により火口の確認ができたのは翌30日でした。降灰よりも5時間近く前の7時32分頃、これまでに観測されたことがない急速な傾斜イベントが観測されました。これは、地表付近まで噴火の元となった熱水が上昇してきたためと考えられます。降灰の約2時間前の11時頃大涌谷からの温泉供給が一時的に急減少したことから、この時に何らかの噴出現象があり、配管を破損した可能性があります。なお、噴火の時には、火口から泥流が流れ出しました。この泥流の水は、大涌谷付近の地下水と考えられます。
 噴火後、大涌谷で表流水や温泉の定期調査を実施していますが、塩化物イオンなど、地下深部から上昇してきた成分の濃度が濃くなったのは噴火当日ではなく、その直後と、2015年の12月頃でした。このことから、噴火の時は深部の熱水は地表まで至らず、その後に噴気地帯で熱水の影響が出てきたものと考えられます。
 噴火の当日は地震活動が活発でしたが、その前後では地震活動はあまり変わらず、5月中頃から続く地震数の減少トレンドに変化は認められませんでした。このことから、噴火により地下の圧力が大きく減少したわけではないと考えられます。
 今回の噴火では、噴火警戒レベルや大涌谷避難マニュアルの整備により、あらかじめ防災対応が決められていたことが、迅速な対応に大きく寄与しました。また、2001年以降、数年に1度程度ある火山活動の活発化を良く検討してきたことで、箱根火山の内部構造や群発地震のメカニズムの研究が進展したことが、状況の適切な評価につながりました。しかし、熱水の通路(クラック)が前触れ無く形成され地表近くに到達して噴火を起こしたため、6月29日の噴火は予知できませんでした。クラックの形成は予測不可能なことから、噴火の予知も当分は不可能と考えられます。したがって、早めの防災対応が今後とも不可欠であると考えられます。
箱根火山の模式断面図
箱根火山の活発化はマグマ供給系を通じて、マグマ溜まりへ、マグマが供給されることにより始まる。これは、深部低周波地震や山体をまたぐ距離の増加で観測される。マグマ溜まりが膨脹すると、その上の熱水系(温泉の元となる熱い水の循環域)の圧力が上がり、フラクチャーゾーン(割れ目や断層からなるネットワーク)で地震が増加する。フラクチャーゾーンでは時々大きな割れ目(クラック)が形成され、この時に地震活動が一時的に急上昇するほか、傾斜変動が観測される。クラックが地表付近まで達すると水蒸気噴火が起きるが、今のところクラックの発生場所や時刻が詳しく予想できないので、水蒸気噴火の予知もできない。

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